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東日本大震災(長文)

東日本大震災により被害を受けられた皆様に心からお見舞いを申し上げます。

また被災にあわれた地域の一日も早い復興をお祈り申し上げます。

ご無沙汰しております。

バタバタしている間に今年も約4分の1が過ぎようとしています。

この間、公私ともいろいろありましたが、

今年最初のブログ更新がこのような内容になってしまうとは。

3月10日~11日、私は、ある交流会へ出席するために関東地方に出張していました。

10日は、担当業務についての取り組み報告をして他の参加者より質問を受けたり、可能であればデータを提供してほしい等大きな反響がありました。

夜は懇親会でさらに他の参加者と情報交換し、充実した時を過ごしました。

11日は午前中、前日の続きの交流会、午後は施設見学と昼食を挟んでまた別の交流会がありました。

この別の交流会には私の所属から2名追加で参加(先輩Nさん(男性)、先輩Tさん(女性))していました。

この別の交流会の途中で地震がありました。

最初は「地震?」くらいの揺れだったのが、だんだん揺れが強くなってさらに建物がねじれるような大きな揺れに変化、出席者は全員机の下に隠れました。

それでもなかなか揺れはおさまらず、天井から埃等が落ちてきて…。

5分くらい揺れていたのではないでしょうか。

短時間の縦揺れだった阪神大震災とは全く違う揺れ方でものすごく怖かった。

再び、天井を見たところ、蛍光灯は割れていないものの、照明器具が抜け落ちかけていました。

揺れがおさまって主催側の誘導で全員従業員食堂へ移動、テレビをつけて皆で見ていました。

そうや!旦那に連絡しとかな!!と思ってPHSで電話したところ、地震直後だったので一回で通じ、とりあえず無事だけど今日帰れないかもしれないとだけ伝えました。

次に所属長へ「地震ありましたが無事です。帰れないかもしれません。」とメール。

それから後はPHSはほとんど圏外で使えませんでした。

後で知ったのですが、ウィルコムのセンターは宮城県にあるため、使えなかったようです。

大きな余震が続き、緊急地震警報のたびに机の下に隠れてとても不安な気持ちでいたのですが、主催者側のスタッフの方達は

「近隣のホテルを探してきます!」

「何かお困りのことはありませんか?」

「つながりにくいですが固定電話、お使いください!」

と、ホスピタリティあふれる対応で、ありがたかったです。

その方達のご家族やご自宅も大変な状況のはずなのに。

…と、考えていると先輩Tさん(女性)の携帯に職場の先輩よりメールが。

Tさん 「何これ~?ちょっと見て!!」

私   「…何を考えてんねん。もう私、一緒に仕事するの嫌です。」

メールの内容は

「〇さん(私の直属の上司)が事務所に電話がないとご立腹です。落ち着いたら連絡してください。」

私は所属長に連絡してるし、Tさんも私の上司にメールしてたんですがね。

電話通じへんし。公衆電話に行列できてる映像もテレビで流れてるやろ~?

心底あきれました。怒る気もしない。

私達の様子を見ててNさんが「せやけど、一度電話しといたほうがええんちゃう?」

そらそうやけどさぁ~。

私達が困惑していると、Nさんが「ほな、僕が電話してこよか~。」と電話してくれました。

所属長が出て、私の直属の上司にもこちらの状況を話してくれてまぁ、一件落着。

それにしてもなぁ~。。。主催者側とえらい違いやわ。

食堂でテレビはつけっぱなしだったのですが、地震後しばらくすると各地の津波や液状化現象の映像が流れ始めました。

宮城県から来られていた参加者の方が

「あぁ、仙台空港が…。海の側だから…。」

「仙台市内が…。」

と。

皆、言葉が出ません。

その時は原発があのような事態になるとは思いもよらなかった。

ごはんを食べる気もしなかったのですが、何も食べないわけにもいかず、用意してくださったカップめんをいただき、米とお借りした炊飯器でごはんを炊きました。

結局、11日はその施設に泊まらせていただくことになりました。

寝る前に窓際に行くとPHSのアンテナが立ったので、直属の上司に丁重におわびのメールをしておきました。

寝ている間も何度か余震があり、その度に目が覚めました。

阪神大震災のときと違ったのは、サイレンが聞こえなかったことです。

あの時は、24時間、サイレンが聞こえていました。

翌朝は6時頃に目が覚め、そのまま起床。

先輩と一緒に帰る道中の非常食用におにぎりをつくりました。

テレビでは東海道新幹線は復旧しており、7時に在来線の運行開始と言っていたので、最寄り駅まで車で送っていただきました。

駅に着くとそこそこ人がいました。まだ、電車は動いていませんでした。

前日の新幹線の切符しか持っていないため、みどりの窓口に並びましたがなかなか前に進みません。

すると、Nさんがさっと改札口の駅員さんに聞きにいってくれて

「東京駅に行けば何らかの救済措置があると思うので、とりあえず東京駅に行って聞いてくださいとのことです。」

とのこと。

8時30分くらいになってもうすぐ電車がホームに入ってくるとアナウンスがあったので改札の中へ。

運よく、電車に乗れました。

徐行運転のため、東京駅に着くのに時間がかかりました。

東京駅に着くとみどりの窓口は長蛇の列。。。

すると、またNさんがさっと駅員さんのところへ行って帰ってきて

「自由席なら昨日の切符で乗れるそうです。」

よかった~!

スムーズにのぞみの自由席に乗車できました。

昼過ぎには新大阪に着くなぁとほっとしたものの、

「…わたし、今日、出勤やったわ。。。やっぱ職場に行くべきやんなぁ?」

TさんとNさんは12日(土)はもともと休みで出勤は私だけ。

Nさんに「とりあえず、新大阪に着いてから所属長の判断仰いだら?」と言われ、そうすることにしました。

無事新大阪に着き、職場に電話すると所属長が出て(ほっ!)「今日は、帰りなさい。」と言われ、Nさんと別れてまっすぐ家に帰りました。

土曜日だったので息子が家にいました。

息子には、満願堂の芋きんのお土産を頼まれていたのですが、お土産を買う余裕がなかったことを伝えると、

「お母さんが無事帰ってきたからそれでいい。」

成長したね!

その後、母に直属の上司とNさん、主催者側の方達の話をしたところ、あきれたり、感心したりでした。

Nさんとは今まで同じ職場で働いているものの、あまり接点がなかったのですが、今回、とてもお世話になりました。

地震後、職場に初出勤して地震後のあれやこれやを皆に話したところ、Nさんの株は急上昇、一方誰かさんは…でした。

非常事態のときにその人の人となりが顕著に現われるなぁとつくづく感じました。

なお、お世話になった交流会の主催者の方達に何かお礼を、と考えていたのですが、思い直して、募金という形にかえさせていただくことにしました。

…現在、原発事故で放射能汚染の問題が発生していますが、可能な限り早い段階で収束することを心から祈っています。

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